ライオンは、企業価値の向上を目的に、デジタルを活用した経営管理レベルの引き上げ、事業効率化、重点領域強化に積極的に取り組んでいる。その一つとして、研究開発部門では、マテリアルズインフォマティクス(デジタル技術を用いて、組成・材料開発の効率化を図る技術)による研究開発の価値創造の加速に取り組んでいる。すでに開発した、新規成分を配合したボディソープの品質を予測する「機械学習モデル」に続き、ボディソープの研究データを浴室用洗剤の開発に応用する「転移学習モデル」を新たに確立した。同手法により、開発初期のデータ量が限られた状況下でも、ライオンが100年以上蓄積してきた研究データを製品分野の枠を超えて横断的に活用できるようになり、研究開発のさらなる生産性向上とスピードアップが期待される。

同研究内容は、2025年11月26~27日に広島県・東広島芸術文化ホールくららで開催の「第48回ケモインフォマティクス討論会」にて発表し、「優秀ポスター賞」を受賞した。24年に続き、2年連続の受賞となる。

図1:多分野の研究知見の融合を可能にした「転移学習モデル(AI)」による研究開発の生産性向上(イメージ図)

同社は、25年より始動した中期経営計画「Vision2030 2nd STAGE」において、「ものづくりDX」を重点テーマの一つに掲げ、生活者ニーズに合致した高品質な製品を迅速に市場へ投入できる体制を構築するため、デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進している。

近年、生活者が製品に求める品質は多様化・高度化しており、研究開発においても新たな価値創造の加速が求められている。同社では、これまで機械学習(一般に人工知能〈AI〉技術と呼ばれ、データからパターンやルールを統計学的に抽出して判断や推論を行う技術)を活用し、研究開発の生産性向上を進めてきたが、新製品開発の初期段階では、機械学習の使用に必要なデータが十分揃わないケースがあり、少量データでの予測精度向上が課題だった。

そこで今回、浴室用洗剤の開発において、同社で蓄積してきたボディソープの研究データを効果的に転用できるAI技術の開発に取り組んだ。

浴室用洗剤の開発では、洗浄力や除菌力といった複数の要求品質を同時に満たす必要があるため、特に開発の初期段階では新規成分やその組み合わせを探索する試行錯誤が不可欠で、実験に多くの時間を費やす。

そこで同社は、独自開発した「特徴量生成の手法」を応用し、ボディソープの研究データから浴室用洗剤と共通する特徴を抽出した。「特徴量」とは、「機械学習モデル」の構築において、元のデータを加工・変換して分析や予測に有益な特徴を定量的に表現した数値のことである。抽出したこれらの特徴を浴室用洗剤の「機械学習モデル」に組み込み、品質予測に活用した。その結果、従来は困難であった異なる製品の研究データの転移学習が可能となり、少量のデータでも浴室用洗剤の品質を高精度に予測できる手法を確立した(図2)。

図2:「転移学習モデル」の概要

研究の結果、「転移学習モデル」を用いて浴室用洗剤の三つの主要品質を予測した。その結果、少量の浴室用洗剤のデータのみで学習した従来の「転移なしモデル」と比較すると、ボディソープのデータも活用した「転移学習モデル」は、候補組成の品質をより高い精度で予測できることを確認した。図3に示すように、実測データと照合しても、未知の組成に対する高い予測精度が得られている。

同モデルを用いた仮想スクリーニングにより、従来必要とされていた実験数を最大約85%削減できると見込まれ、開発期間の大幅な短縮が期待できる。今後は、同手法を様々な製品開発に応用し、研究開発の生産性向上と市場投入までの開発期間短縮を図っていくとしている。

図3:浴室用洗剤の品質予測の精度