大阪大学大学院薬学研究科先端化粧品科学(マンダム)共同研究講座の藤田郁尚招へい教授、加藤寛子特任准教授(常勤)、アイルランガ大学(インドネシア)Department of Pharmaceutical Sciences,Faculty of PharmacyのNoorma Rosita Badjuri教授、Tristiana Erawati教授らとマンダムの研究グループは、ククイナッツオイルがまつ毛を長くする効果があることを確認し、またその成長メカニズムを明らかにした。

研究成果のポイントは以下の三つだ。
・ククイナッツオイルが目の周りの色素沈着を起こすことなく、日本人女性のまつ毛の伸長を促進させる新たな可能性を持つことを発見
・東南アジアで利用されるククイナッツオイルの育毛効果やメカニズムの詳細はこれまで不明だったが、ククイナッツオイルはAKR1C ファミリーメンバー酵素群の発現を増加させることにより、毛髪の成長を助けるプロスタグランジンF2α(PGF2α)の分泌を促進することを解明
・今後、更なるメカニズム解明が進むことで、まつ毛貧毛症や脱毛症への新たな治療につながり、まつ毛の物理的・審美的機能の向上によるQOL改善への貢献に期待

「AKR1C ファミリーメンバー」とは、「アルドケト還元酵素1C(Aldo-Keto Reductase1C)」ファミリーに属する酵素群であり、性ホルモン(エストロゲン、アンドロゲンなど)の活性調節、プロスタグランジンの産生調節、酸化ストレスに関連する有害物質の分解などを行う。
また「プロスタグランジンF2α」とは、体内で重要な働きをする生理活性物質で、毛包や毛母細胞に作用して、毛髪の成長を促進する作用がある。

ククイノキの種子から得られるククイナッツオイルは、東南アジアを中心に、髪の保湿や艶出し、髪の成長促進に利用されることが多く、抗炎症作用があることから、湿疹や皮膚トラブルの治療にも使われてきた。しかし、その育毛に関する詳細なメカニズムについては不明な点も多く、まつ毛に対する育毛効果も明らかになっていなかった。
同研究において、ククイナッツオイルにより目の周りの色素沈着を起こすことなく、日本人女性のまつ毛の成長が実際に促進されることを確認した。その作用機序として、ククイナッツオイルが「AKR1C1」、「AKR1C2」、「AKR1C3」という、AKR1C ファミリーメンバー酵素群の発現を増加させることにより、毛髪の成長を促す物質として知られる「PGF2α」の分泌がさらに促進されることを明らかにした。

まつ毛を健康的に伸ばすことで、異物から目を保護する機能を高めると同時に、審美的機能を向上させる効果があると考えられる。特に女性にとって、長くて豊かなまつ毛は憧れる人も多く、健康的なまつ毛を保つことは、目を保護するためにも、目元の印象を向上させるためにも重要である。これにより見た目に対する自信が高まり、自己肯定感や満足感、幸福感が向上することが期待される。また、まつ毛の適切なケアを通じて、年齢や皮膚疾患、薬の副作用などが原因でまつ毛貧毛症に悩んでいる人々の生活の質(QOL)の改善にも役立つと考えられ、物理的な機能面だけでなく心理的・社会的な側面にも良い影響を与えると考えられる。

ククイナッツオイルは、インドネシアをはじめとする東南アジア地域で、伝統的にスキンケアやヘアケアを目的に使用されてきた。特に、髪の保湿や艶出し、髪の成長促進に利用されることが多く、これがジャムウ(Jamu、インドネシアに古くから伝わる伝統医療の一つで、植物やハーブ、スパイスを主成分とする自然療法。さまざまな植物が原料として使われており、飲用はもちろん、外用〈スキンケアやマッサージ用〉にも利用されている)の一部として取り入れられている。

また、ククイナッツオイルは抗炎症作用があることから、湿疹や皮膚トラブルの治療にも使われてきた。しかしながら、ククイナッツオイルの育毛に関する詳細なメカニズムについては不明な点も多く、まつ毛に対する育毛効果も明らかになっていなかった。

だから同研究グループは、日本人女性15名を対象にククイナッツオイルを配合したサンプルをまつ毛に塗布し、まつ毛の伸長度合いを確認した。その結果、ククイナッツオイルを配合したサンプルを使った場合、配合していないサンプルと比べて、まつ毛が明らかに長くなることが分かった(図1)。また今回の試験では、目の周りの色素沈着は見られなかった。

次に、ヒトの毛包や表皮の細胞を用いてククイナッツオイルによる育毛メカニズムの解明を試みた。ヒトの皮膚から取り出した毛包にククイナッツオイルを添加すると、毛髪は伸長し、その度合いは緑内障の治療薬として使用され、まつ毛の成長を促進する効果が知られているビマトプロストと同程度の育毛効果であることが分かった(図2)。また、ククイナッツオイルによって毛髪の成長を助ける因子であるPGF2αの産生に関与するAKR1C ファミリーメンバー酵素群の発現増加が確認された(図3)。さらに、PGF2αの産生も増加することが分かった(図4)。これは、ククイナッツオイルがAKR1C ファミリーメンバー酵素群の働きを高め、PGF2αの産生を増やしていることを示唆している。

まつ毛の育毛は、異物から目を保護する物理的な機能を向上させるだけでなく、自己肯定感や精神的な満足度を高めるなどの日常生活における心理的な安定や幸福感の向上など、生活者のQOL向上に寄与する重要なものと考えられる。同研究成果をもとに、育毛に関する更なるメカニズムが明らかになれば、まつ毛貧毛症や脱毛症への新たな治療の提案につながることが期待される。

同内容は、国際化粧品技術者会連盟(IFSCC)が毎年主催するもので、世界の化粧品技術者が一堂に集う最も権威のある学術大会である「The International Federation of Societies of Cosmetic Chemists (IFSCC)2025」で2025年9月15~18日にフランス・カンヌにて発表する予定。
発表タイトルは「Eyelash Growth Cosmetics Containing Aleurites moluccanus (AMS) Oil: Hair Growth Mechanism by Anti-oxidant Nrf2/ARE-AKR1C Family-PGF2α Axis Activity」。

なお、同研究の一部は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)生命科学・創薬研究支援基盤事業創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)の課題番号JP24ama121054の支援を受けて実施された。

大阪大学大学院 薬学研究科 加藤寛子特任准教授(常勤)は以下のようにコメントを寄せた。

「緑内障の治療薬でまつ毛がふさふさに伸びるという話を聞いたことがありますでしょうか。それはPGF2α誘導体が配合された点眼薬によるものです。これは眼圧低下を目的とした治療薬の副作用ではありましたが、この経緯からPGF2αの誘導体はドラッグリポジショニング、つまり既存薬を転用して新たな疾患の治療薬として応用する方法により、米国FDAにおいて2008年に承認され、Latisse(日本名GlashVista)という商品名で抗がん剤の副作用などによるまつ毛貧毛症への治療だけでなく美容目的においても世界中で使われています。
今回評価したククイナッツオイルはインドネシアで赤ちゃんの髪の育毛に使われることが知られており、結膜細胞への毒性がないことも報告されています。また、抗酸化物質のスルフォラファンなどでも誘導されることが知られている抗酸化経路のマスターキー遺伝子であるNrf2がククイナッツオイルによって活性化されますが、毛や皮膚の細胞が育毛促進作用のあるPGF2αを作り出すだけではなく、細胞自体を酸化ストレスから防御してくれることが期待されます。これらのことから、安全で健やかな育毛が期待できると考えています」