マンダムでは温度や化学刺激によって活性化する、五感とは別の細胞の感覚センサー「TRPチャネル」(図1)の研究を大阪大学大学院薬学研究科先端化粧品科学(マンダム)共同研究講座の藤田郁尚招へい教授、名古屋市立大学なごや先端研究開発センター 富永真琴特任教授、東京大学医科学研究所感染・免疫部門教授 石井健教授と研究してきた。汗腺のTRPチャネルについては、大阪大学蛋白質研究所 関口清俊教授、医学系研究科 種村篤准教授、中川幸延講師、長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 室田浩之教授の研究グループと研究している。
マンダムでは2005年からTRPチャネル研究に取り組んでいる。20年にわたる研究の成果は、化粧品技術者が最新の研究成果を発表し討論する、権威ある世界大会「IFSCC(国際化粧品技術者会)」を始め、数々の学会で発表してきている。
今回さらに、
・TRPチャネルが、「ポリモーダル(多様な刺激によって変化する)受容体」として、皮膚に存在するさまざまな細胞で多様な発現パターンを有すること
・温度とpHはTRPチャネルの活性に影響を与えること
・アルムK(硫酸アルミニウムカリウム)はTRPM4を除く全てのTRPチャネルに対してさまざまな阻害効果を発揮し、鎮痛効果だけでなく汗の生成を抑制する効果を有すること
・冷感はアルカリ性のpHで増強されること
を見いだした。
なお、これらの研究成果は、2025年9月15~18日にフランスのカンヌで開催された「第35回 国際化粧品技術者会連盟カンヌ大会2025(IFSCC Congress)」で発表した。
細胞の感覚センサーであるTRPチャネルは温度だけでなく多様な環境変化を捉えて細胞にそれらの情報を伝えるポリモーダル受容体として、多くの細胞でさまざまな役割を持つことが知られている。さらに、多くの化学物質によって活性、または抑制されることが知られており、いにしえの時代から人類の営みと共に存在してきたミントの主成分であるメントールや、唐辛子の主成分のカプサイシンに代表されるように、古くからさまざまな産業に応用されてきた。1997年にカプサイシンと熱に反応することができるTRPV1が発見されたのち、11種の温度受容体が発見され、細胞の温度や化学物質の感知における機構の理解が進んだ。
その後も、これらのTRPチャネルの機能が明らかにされてきてはいるものの、TRPチャネルの皮膚周辺細胞における発現状況や、機能性成分の肌への塗布を含め異なった要素が同時に引き起こす環境変化による影響の理解は進んではいなかった。
1.皮膚の各細胞におけるTRPチャネルの発現パターンを解明
同研究グループでは、表皮角化細胞、血液から単離される免疫細胞(単球、マクロファージ、樹状細胞)、ヒト汗腺の構成細胞(分泌管管腔細胞、分泌管筋上皮細胞、導管管腔細胞、導管基底層細胞)の遺伝子発現を解析し、各細胞でのTRPチャネルの発現パターンを明らかにした。特にこれまで不明であった汗腺の構成細胞の発現パターンを解明した(図2、表1)。汗の生成を司る分泌管の管腔細胞においてTRPV4が、また汗の再吸収を司る導管の管腔細胞においてはTRPV3の発現が高く、これらTRPチャネルが発汗調節に重要であるということは、発汗を考える上では重要な情報となる。
2.種々の細胞のポリモーダル受容体をトータルで理解
化粧品の使用環境では、温度やpHなど複数の要素が同時に肌に作用する。このような複合的な条件下で、感覚神経・表皮・汗腺に存在するTRPチャネルがどのように反応するかを理解することは、製品開発において重要である。そこで同研究では、TRPチャネルの活性に対するpHおよび温度変化の影響に着目し、さらにそれらの環境要因が成分(アルムK、メントール)によるTRP活性にどのような影響を与えるかについても解析を行った。
(1)既に報告されている、感覚神経において重要な働きを持つTRPV1、A1、M8と今回の解析で皮膚に存在する細胞で広く発現するTRPV3、V4に着目して、室温から高温(25~39℃)、及び、酸性からアルカリ性(pH5~9)に対するTRPチャネルの活性の変化を細胞内カルシウム濃度の変化で確認した(図3)。その結果、TRPV1は温度が高い時にpHの影響を受けにくく、TRPA1、V3、V4、及び、M8は温度に関わらずアルカリ性で活性が高くなる傾向が見られた。このことから、それぞれのTRPチャネルは温度とpHの変化に対して異なる傾向を示すことが分かった。
(2)次にこの変化が、成分の効果に影響を及ぼすかどうかをアルムK(硫酸アルミニウムカリウム)、メントールに着目して調べた。
アルムKについては、既に同グループが明らかにしている痛みセンサーTRPV1、A1の活性抑制作用が高温になる程大きくなることを見いだした(図4)。加えて、アルムKは汗腺に存在し汗を制御すると言われているTRPV4の活性も抑制する作用があることを明らかにした(図5)。これは、アルミニウムが古くから制汗剤として利用されてきた理由の一つである可能性がある。
さらに、冷たい温度の受容体であるヒトのTRPM8がアルカリ性の条件で直接活性化され、その影響でメントールによる冷感はアルカリ条件で増強されることをヒト被験者の冷温度閾値の測定で明らかにした(図6)。
同研究では、皮膚の各細胞におけるTRPチャネルの発現パターンを明らかにするとともに、温度やpHの変化によってTRPチャネルの活性や、成分による活性状態に影響が生じることを確認した。
化粧品の使用時には、複数の環境要素に肌が同時にさらされるため、こうした複合的な条件下でのTRPチャネルの応答を理解することは、製品設計や快適性向上の観点で非常に重要な知見であると考えられる。
今後は、これらの成果を製品開発に応用するとともに、環境要因の組み合わせによるTRPチャネルの応答特性のさらなる解明や機能解析の深化を通じて、皮膚の環境応答メカニズムの解明を進めていく。
マンダムは、これまでのTRPチャネル研究成果もヘアケア、ボディケア、スキンケアなどに幅広く応用してきた。生活者にとっての「新たな価値づくり」を目指し、安全性、機能性、快適性を最大限に追求した研究開発を進めているが、その一環として、TRPチャネルのさまざまなメカニズム解明や活性制御成分の探索などの研究開発を今後も継続的に取り組んでいく考えだ。