高度な技術に触れさせたい――。社員教育の一環でツジカワとのコミュニケーションを望む企業が現れている。
1921年創業で、世界有数の彫刻技術を持つ金型メーカーの同社は5月14日から3日間、第12回化粧品産業技術展(CITE JAPAN 2025)に出展。5軸レーザー彫刻技術を使って成形金型に微細な彫刻を施し繊細な立体感を実現した「化粧品コンパクト用 成形天面(レーザー彫刻加工)」などを展示したところ、取引先を含む多くの企業がブースを訪れた。その中には、モノづくりへの発想の幅を広げてもらうために若手社員を連れてくる企業が多かった。
同社はコロナ前から職人が受け継ぐ技術、それが生み出す精緻な製品の情報発信を継続。それが認知拡大に結びつき、多種多様な取引先の要望を具現化。この積み重ねで技術を磨き続け、市場拡大に貢献するツジカワ(https://www.tsujikawa.co.jp/)の経営哲学が注目を浴びている。同社の辻󠄀川豊社長に成長への次の一手を聞いた。
加飾技術を駆使した渾身の作品集を制作
――CITE JAPAN 2025は盛況のうちに終えたようですね。
辻川 おかげさまで、多くの方々に足を運んでいただきました。展示ブースの前面に並べた多色充填に対応した湿式用金型は、微細な穴と精密な仕切り構造により、テクスチャを守りながら複雑で華やかな多色デザインができます。3Dモデリング技術を駆使した押し型はファンデーションやアイシャドウへの複雑なエンボス加工を実現できるのですが、パウダーを充填した試作品はキラキラと輝くため、特に女性が足を止めてくれたんですよ。
私たちのミッションは、お客さまの頭に浮かんだアイデアを高度かつ多様な彫刻技術を駆使して具現化することです。ですから、多くの方々と金型や試作品を見ながら技術の応用について話し合える展示会は、貴重な学びの場になっています。
- 左右:充填したパウダー、中央:押し型(プレスヘッド)。同じ図案でも、凹凸の形状が異なるデザイン
- 5軸レーザー彫刻で微細なパターンを施した口紅
――グループ会社のナビタスマシナリー(https://navitas-mc.co.jp/)と共同出展しましたが、成果はありますか。
辻川 ナビタスマシナリーは特殊印刷の装置事業を展開しており、スピーディかつ正確に印刷する高度な技術を持っています。ツジカワの加飾技術と組み合わせると、高品質なパッケージ印刷の自動化を実現できるので、印刷工程の省人化と効率化を支援することができる。人口減が急速に進み、労働力不足に悩む企業から問い合わせが増えており、ツジカワグループのソリューション提案が順調に増えています。機器更新のタイミングはビジネスチャンスですから、グループが一致団結して営業活動に力を入れる考えです。
――6月10~13日開催された世界最大級の食品製造総合展「FOOMA JAPAN 2025」にも共同出展しましたが、同じように成果は生まれましたか。
辻川 FOOMA JAPAN 2025でも生産性向上の提案が反響を呼びました。これまで紹介してきた箔版やエンボス版は板状です。加工の際は機械で上下に動かすのですが、より高速かつ大量に製造するために、私たちのロール状の金型「ダイカットロール」があります。回転しながら加工を行うため、上下運動に比べるとストロークがなく、加工スピードが上がります。ロールが回転して加工するため、製品が一定のスピードで流れ、上下運動の加工と違い製品を止める必要がありません。シンプルな設計であるため、コンパクトに設置できるのもメリット。ロット数が多く、より生産効率を求められる現場に適しており、包装・包材、衛生材料、ラベルシールなどに多く使用されています。
いずれの展示会でも、取引先の方々が若手社員をブースに連れてきてくださるのが本当に嬉しい。私たちの高度な技術を目の当たりにすると、こんなことが、あんなことができるかもしれない、と若い人材のモノづくりへのモチベーションが高まるから、と嬉しい言葉を頂戴しています。私たちはコア技術の「彫刻」を磨き続け、「飾る技術」「切る技術」「形づくる技術」を高めてきました。しかし、私たちの役割は、生活者に届ける商品をつくる企業をサポートすることです。ですから、色々な業界の企業と出会い、色々な夢や目標、悩みを聞いて、ツジカワの技術を生かせる場面を増やしていきたい。私たちの技術者は“できない”と言いません。常に実現に向けて試行錯誤を続けることが、ツジカワの真骨頂。展示会で目の当たりにした反響を全社員に共有し、積極果敢にお客さまとコミュニケーションを深めていきます。
――競争力を源泉である彫刻技術はどのように受け継ぎますか。
辻川 ミドル層のマネジメント力が問われます。賃上げや完全週休二日制の導入に加え、3Dプリンターなどの最新機器を積極的に導入し、社員が働きやすい環境を整えています。その結果、ツジカワのモノづくりに興味を持つ新入社員が入っており、ベテラン社員が持つ暗黙知を学び、受け継ぐ基盤は整っています。そのうえで、効率的に業務を回しつつ、OJTを推進しなければいけない。その鍵を握るのは、現場を指揮するミドル層というわけです。技術伝承は焦っても進みませんから、腰を据えて取り組みます。
――23年からJPDA(公益社団法人日本パッケージデザイン協会)主催の日本パッケージデザイン学生賞に協賛していることが、人材獲得に効果を発揮しているのでは。
辻川 公募により広くオリジナル作品を募集して選考するコンペティションで、パッケージデザインに興味のある学生なら誰でも参加できるので、作品のデザイン性や創造性を競い合う場になっています。ツジカワ賞では、副賞として、学生が考えたパッケージデザインを具現化する機会を提供しています。ツジカワの技術を最大限に活用することができるので、非常に好評なんです。例えば、ツジカワ東京デザインセンター(TDC)には、ハリウッドのキャラクターデザインに使われる高性能な「3D‐CAD」があります。アイデアスケッチがあれば、その場で3Dデータ化して、すぐになめらかな曲面も表現したリアルな画像をつくれます。ツジカワの技術者と学生が一緒にモノづくりに励むことで、それぞれにとって貴重な経験を積む機会になっているというわけです。
- 容器の中の月見だんごも、ツジカワ保有の3Dプリンターで制作。
- 2024年日本パッケージデザイン学生賞でツジカワ賞を受賞した『つきてらす』。細微加工が可能なレーザー彫刻で具現化。
――慶応元年(1865)創業の村田金箔と8月に『箔押しの学校』というイベントを企画・共催されますが、これも日本が誇る職人技を世に広げる機会になりそうです。
辻川 箔押しの学校は、お客さまのご相談にお応えするという、当社の基本指針から共催させていただくことなりました。開講初日の8月22日には『デザインのひきだし』編集長の津田淳子さま(グラフィック社)の開講記念トークイベントの他、両社の技術を掛け合わせて、写真データを使った箔押しや製造工程などを展示します。 加飾で差別化を考えるデザイナーの方にとって、新しいデザインのヒントとなる内容ですので、ぜひ、ご来場ください(箔押しの学校、会期:8月22~31日、場所:HAKU-TION 大阪市阿倍野区松崎町3-14-21、https://www.tsujikawa.co.jp/news/post-4778/)。
――21年の創業100周年を機に、ツジカワの技術の粋を集めた作品集を制作するプロジェクトが始まりましたが、進捗状況はいかがでしょうか。
辻川 会社の歴史をまとめた冊子を作っても、なかなか読み込んでいただくことはできない。それならツジカワの特徴である加飾技術をふんだんに用いて精緻な作品をつくり、それをお客さまに見ていただくことで、想像以上に表現の幅が広いことを実感していただこう。そう思ったことがプロジェクトの始まりです。100年企業の資産を表現する究極の一冊をつくるわけですから、社員のこだわりは強い。喧々諤々の議論を重ねることで、技術の伝承にも一役買っていますが、想定以上に制作期間が長期化する要因になっています。結果的に素晴らしい作品が生まれ始めており、その一部をCITE JAPAN 2025のブース壁面に貼ったところ、多くの反響をいただきました。作品集は年内に完成する予定ですから、楽しみに待っていてください。